まずは、リトグリの新曲「足跡」のMVフルの全編を観て欲しい。



「足跡」のMVなのに、足跡の映像がない。

そう、すぐそこに、砂浜があるにもかかわらずだ。
  ↓
スクリーンショット (553)

このカットを見てもわかる通り、小川を挟んで反対側には、全く足跡のついていない砂浜が広がっている。


では、なぜ、「足跡」のMVなのに、足跡の映像がないのか?

その理由について解説したい。

私が「足跡」MVの映像を任されたなら、足跡のカットは撮る。というか、徹底的に足跡にこだわる。
メンバーがリードパートを歌ってる場面でも、その足跡しか撮らない。
メンバーがハモっている時には、そのメンバーの足跡しか撮らない。

メンバーそれぞれが、あるいはメンバーが揃って、砂浜に足跡を付けながら歩く姿はもちろん。
足跡だけ、それも、靴を脱いで足跡をつけるカットも。

さらに、メンバーの足跡だけのカットや、波打ち際に残した足跡が波によって消されていくカットも。

ただ、これをすると、足跡は足跡だけど、歌詞の世界観とは異なる。
やっぱり、歌詞にあるように「いつもの道」についた足跡の方が、この曲にはふさわしい。


だが、リトグリの足跡のMVでは、それもしなかった。

なぜだろう。

ふと思った。

これは、千利休の「一輪の朝顔」だと。
利休の屋敷に美しい朝顔が咲いているとのウワサを耳にした秀吉が、ぜひ見たいと利休に申し入れました。さっそく家来たちが下検分にまいりますと、ウワサ通り、色とりどりの朝顔が所せましと咲いています。秀吉は大よろこびで、朝早く利休宅へ出向きました。
うやうやしく出向かえた利休の案内で庭へ出ますと、どうしたことか一輪の朝顔の花も見えません。びっくりしたのは、下検分の報告をした家未たちです。秀吉の顔を見ると、今にも大きな雷がおちそうです。
「朝顔はどこじゃ!」
利休はなんらうろたえることなく、茶室へと案内します。茶室に入り、身を正した秀吉の目にとびこんで米たのは、床の間にいけられた、まっ赤な一輪の朝顔でした。しばらく、じーっと見つめていた秀吉は、
「利休、みごとじゃ!」
利休は、あれほど、たくさん咲いていた朝顔の中から、最も美しい一輪を茶室にいけ、他はすべて切り取ってしまっていたのでした。

「茶話指月集」(藤村庸軒)だが引用するのにちょうど良い現代語訳がみつからなかった)


さて、リトグリの「足跡」の歌詞では、
生涯 忘れられない日々
抱きしめ 生きていく

辿った道に
続く足跡
すべて美しく
足跡は、具体的な足跡ではなく、抽象表現、比喩表現なんだな。



あぁ、manaka様にピンヒールをお履きいただいて、私の身体にmanaka様の足跡をつけていただきたい!
↑ ↑ ↑
ドMかっ!!!



さて、以上をお読みいただいて、おわかりの通り、

リトグリ新曲「足跡」のMVに、足跡の映像がないのには、三つの理由がある。

↓ ↓ ↓



三つの理由

1、manakaがかわいいから。

2、manakaがかわいいから。

3、manakaがかわいいから。


以上。












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